聖和学園短期大学にて、FD/SD研修を担当させていただいた。
今回のテーマは
目次
学生の主体的な学びのためのカリキュラム設計と授業運営 ーCOC+を例にしてー
というもので、地域教育科目の設計/運営/評価の各段階で実際にどのようなことをし、どんな結果になったかを包み隠さずご紹介した。
1 事例となる科目の概要
今回事例として取り扱ったのはCOC+の単位互換コア科目である地域教育科目群。
この科目群は教養科目と、専門科目の間で独立科目群として設計されており、ミニカリキュラムとして、疑似ディプロマ・ポリシーを設定している。それに従って各科目の学習目標の設定をしている。
そのエントリー科目である「地域の課題I」という科目は、地域企業の課題をテーマにして、どうやって自分で知恵を作っていくかを体験的に学ぶことを目指している。講義で取り扱っている地域課題を、学生自身が自分の専門性の視点と関連させて見いだし、できればそれを論理的に示す。あるいは、他の人の考えを取り入れて、課題をより多面的に見いだせるようになることを目指している。の過程でディープアクティブラーニングを進めていこうという流れだ。
第1講から第5講が一番特徴的な部分で、前半で学習経験のふりかえりを行う。今までどんな学習経験で、どんな能力を開発してきたか、学生に自分の言葉で語ってもらう。高校のとき、あるいはクラブ活動を含めて、どういうことをとおして、自分はどういう学びを得て、どういう能力を育ててきたか。
その次の段階で、事象を捉えるときの視点と要素を、できるだけ自分の専門に近寄せる形で設定する。
第6講から第10講、第11講から第15講は、ケース教材を用いて、ケース企業の現状、将来像、課題を見いだしていくことを、2クール行う。前半の1クールは同じ学科の中でグループを作ってディスカッションをし。同じプロセスを後半では、異なる学科の違った視点の人たちとディスカッションする。
2 設計・準備段階での取り組み
教材作成
教材作成は、題材になってくれる企業を選ぶところから始まる。企業選定を誤ると課題が出てこないという自体になる。現状維持ではなく、将来より良くなりたいと明確に意識している、経営革新を伴う自社の発展を目指す企業を題材として、教材に取り上げさせてもらっている。そのような企業をコーディネーターが自ら開拓したり、金融機関等からの紹介を受けて開拓したりする。
そうやって開拓した企業に対して、事業内容、ビジネスモデル、歴史、将来ぞうといったことをヒアリングしてケース教材を作成する。
この段階での課題としては、
- 経営学の講義ではない科目で用いるケース教材に記載する内容をどの程度のものにするのか
- 企業を取り巻く外部環境について知る機会をどう作り込むのか
といったことが挙げられる。
教材作成の一方で、評価指標を作成した。実のところ、1年目は授業の実施と並行して指標を作ることになった。最初の時点では望ましい学習行動飲みを定め、学生のミニッツペーパーの内容等から評価指標を仮組みしていった。
2年目は、COC+事業の「地域高度人材指標開発・評価部会」で、事業の全体像に合わせた共通指標を作成してもらい、「持続的挑戦」、「ネットワーク分析」、「ネットワーク構築」の三つを設定してもらった。
科目で求める学習行動と三つの指標を組み合わせて、「メタ学習」、「フレームワークの活用」、「多様性の受容」という開始表を設定したが、ルーブリックの作成には至っていない。
今後受講生が大幅に増えることが確定しており、そこではルーブリックの活用も考える必要があると感じている。
アクティブラーニングに向けた仕込み
準備段階として、アクティブラーニングが進みやすいような仕込みを三つ行っている。
一つめは「認知的コンフリクトの設計」。
既有の知識、技能ではクリアできない課題をぶつける。
この授業では、「企業の内部資源」、「経営者の意図」、「地域の文脈」、といった経営系でもない低年時の学生には少し難しい課題を設定した。
二つ目は「形成的評価」。
ある種高いハードルをぶつけて、それを超えられるようにサポートし続けることが、アクティブラーニングの最初の段階では必要だ。
その後徐々に手を離して、自走できるようになったら自分たちで考えるようになってもらう。
つまり、ハードルは高めに設定し、形成的評価は丁寧に行うということだ。
具体的には、①LMSを経由したミニッツペーパーの提出、②個別フィードバック、③希望者は再提出という流れで実施した。
ここでの課題としては
- 個別フィードバックの労力をいかに低減するか
- いかにスムーズにLMSを運用するか
といったことが挙げられる
三つ目は「学生間の相互作用」。
対話、議論が何度も繰り返される授業設計をした。
話を聞いてもらう。聞いた話をもとにして、自分の考えを述べる。述べたことに対して、他人のフィードバックを通して、あるいは自分でもう一度考えて修正する。これを何度も繰り返すように、毎回の授業にこの仕組みを入れた。
仕組みを入れるのは簡単だが、運用段階でそれが回るかどうかは別問題だ。
200人以上が受講する大教室で、すべての学生が真剣に取り組むというのは考えがたい。
実感知としては、教壇から見て左後方に座る学生が危ない(これは本当に感覚)。
そのため、1コマあたり1500歩くらい教室内を歩き回「ずって見ていますよ」というサインを出す。
さらには、なるべく楽に単位を取得したい学生に対して、「そうじゃない、目的は単位を取ることではなく、あなたの能力を高めることだ」と耳元で囁くように言わなければいけない。
3 運用段階での取組と課題
「地域の課題」の意味づけ
「地域の課題I」という科目の位置づけは、地域企業の課題をテーマにして、知の作り方を学ぶ。
初回ガイダンス時に、なぜ「地域の課題」をテーマにするのかということと、どういう学びをするのかということを伝えまるようにしている。
学生に伝えているのは、
地域をテーマにすることは、地域の中に埋め込まれた文脈を意識した学びをしたい。最終的には、自分と世界との関係性を認識する、その入口になる。学びとしては、教科書に書いてあるような一般的な正解と、それを個別な条件に当てはめるときの特殊解を往還する。それを通して、表面的な浅い学びと、深い学びを往還することを狙っている
といったことがらだ。
学習経験のふりかえり
第二段階として、学習経験のふりかえりを行う。
これまでの学習経験を通してどんな知識、技能を身に着けてきたかを確認する。
特に、知識・技能ではなく、思考行動特性に注目し、責任、需要、行動、自己変革、貢献の各特性をどのように強化したかをふりかえってもらう。
その過程で、この科目が知識・技能を習得するものではなく、思考行動特性を強化する授業だということを伝えてる。
また、学生に対して詳しい説明はしないが、彼らが自己の成長プロセスや自己と世界との関わりを認識し、自己調整学習者となれるように問を設定している。
視点の設定
この科目の第三段階では、視点を定めるということに取り組む。
我々研究者が普段やっていることと同様に、事象を理解しようとするときの視点と要素、あるいは要素感の関係を意識させるようにする。
ただ、この「視点」という言葉には大きな落とし穴があった。
例えば、私が視点を問われれば、「複雑適応系の視点」と答える。しかし、学生は視点を問われると「若者の視点」、「女性の視点」といった答え方をする。
他大学の3、4年生に授業をしたときには、視点はすぐに定まった。つまるところ専門科目を学んでいるかどうかで変わってくる。
低年時の学生や短大生の場合にはかなりの工夫が必要です。
ケース教材を用いた課題認識
視点、要素を考えた段階で、初めてケース教材を扱う。
自分の専門性を意識した上で視点を定め、現状を把握し、将来像の発展の可能性を考えて、そのギャップである課題を設定するという、課題設定の基本的な流れに沿って授業を進める。これは教材作成の上でのポイントでもある。
現状把握のための情報は、ケース教材では不完全で、それをどう補うか、特に企業や地域を取り巻く外部環境をいかに把握させるかという点が難しいところだ。
これに対しては、次年度外部環境に関する講義の時間を大幅に増やすことで対応する予定だ。
この段階で生じる一番大きな問題は、
課題ではなく、解決アイデアを出してしまう
ということ。
例えば、ケース企業の将来の発展の可能性ないしは課題を考えようというとき、「ゆるキャラを作って、売上を伸ばす」といった事を言う。
そのアイデアがなぜ有効であるといえるのかという議論はなしに、どんなゆるキャラを作るのかを考えてしまう。
思考の枠組みを理解できるための工夫が必要だ。
ミニッツペーパーを用いた形成的評価
「地域の課題I」の授業の中で、われわれが最もエネルギーを使ったのが、ミニッツペーパーを用いた形成的評価。
①問題作成、②LMSへの入力、③学生の回答、④回答したデータを一覧に整形、⑤整形されたデータファイルにフィードバックコメントを入力、⑥それを一括してデータベースに入力し配信する、⑦学生によっては再回答があるので、それをまとめて最後に採点する。
実感としては、個別フィードバックで対応できるのはせいぜい3〜400人。1000人以上になると、もはや他の仕事はなにもできなくなる。
今回はシステムの設計、管理、運営を事務職員が担当してくれたから実行できたが、教員と職員の役割分担や、システム環境の整備は大きな課題になる
4 評価段階での取組と課題
評価の第一は、成績評価ないしは教育効果の評価。
成績評価いついては、計13回のミニッツペーパーにフィードバックをし、改めて返信してきたものを毎回5点満点で採点して65点。これに最終レポートを35点満点で採点し、合計100点満点としている。
その一方で、本当に学生の能力が伸びているのかという評価をする必要がある。
現状では、初回と最終回に、メタ学習、フレームワーク、多様性の受容の三つの評価指標に関連した九つの質問でアセスメントを実施している。
結果としては、メタ学習がある程度できていると考える学生の割合が、5割から7割になっている。一方で、多様性の需要に関する項目ははじめから自己評価が高く終了時の変化も小さいという結果になっている。
また、ミニッツペーパーの問いも評価指標に合わせて作っていることから、同じ評価指標に含まれる問いの最初と最後のミニッツペーパーの解答をテキストマイニングによって比較した。ところが、それぞれの回の設問が当日の授業に寄り添った具体t的なものになっていたため、解答にもその回の授業に関する単語が多く、結果として変化が読み取れるに至らなかった。形成的評価のための問い、学生に対してなんとか適切なフィードバックをしようと思っての問が、逆に学びの変化を把握しにくい形になってしまった。
次年度は、少しメタレベルの高い設問に変更して、変化を確認する予定でいる。
その他、学生のふりかえりのツールとして活用しているコンセプトマップに対する解釈と評価も今後の課題として残っている。
成績評価とは別に運営評価も必要だ。
現状では、設計・準備段階、運用段階、評価段階のそれぞれについて自分なりに項目を作って自己評価をしている段階。
こちらも今後の改良が求められるところだ。
5 ディスカッション
以上の講義を踏まえて、ご参加いただいた教職員の皆さんには、
- 教員の取り組みと職員の取り組み、専門職員の必要性
- 教職協働評価指標をどう作るか
- 学生が必要な視点を獲得したり、学生の思考の道筋を整えるためにできること
- 学生の主体的な学びを促進するためのに、教員職員が協働でできること(職員単体も可)
- 教育効果を評価するにはどんな方法があるか
- 授業運営そのものを改善するための手法はどんなものがあるか
という、私自身が考えているこの科目の課題の中から一つを選んでディスカッションに取り組んでいただいた。
参加者からは
- 教員同士の問題意識の共通点と相違点を確認できた
- 自分自身の授業のふりかえりができと、今後を考えることに繋がった
- 教員と職員の考え方や話題の共有ができた
といった声を頂いた。
今回の研修は私自身にとっても重要な評価の機会。
次年度の授業への改善点を洗い出す機会になった。